2007年07月
2007年07月28日
■参議院選挙終盤
年金問題や閣僚の不規則発言、政治と金の問題等安倍内閣の10ヶ月の実績が厚い雲に覆われてしまった選挙となった。
もちろん反省すべきは反省し、謙虚に叱責は受けなくてはならない。
しかし年金をはじめとする社会保険制度を支えていかなくてはならないのは私たち世代の責任であり、そのまた子供たちの世代の課題だ。
街頭インタビューで将来の夢を聞かれた若者が「オーストラリアに永住したい」「アメリカでグリーンカードを取って暮らしたい」と答える。私も学生時代、「将来は都心に暮らしたい」と思った時期があった。同じ時間に友人と別れても前日のテレビの話題についていけない。公衆電話では10円玉が猛スピードでなくなっていく。汲み取りトイレに友人がカルチャーショックを受ける。デパートが次々と撤退する。いつしか故郷を自虐的に考えるようになった。
そんな頃、街の遅れを取り戻し、良い点は伸ばして行こうと政治を通じてがんばる郷土意識に燃える大人達との出会いがあった。子ども会や同窓会、地域の人のつながりの暖かさを再認識した。田舎だと思っていた緑が、都心からはうらやましい財産であることを知った。教科書には無い地域の教育力によって育てられてきたことに気付き、自分もこの街の活力を伸ばす事にやりがいを感じ活動に参加したのが政治家への第一歩だった。
きっと今、日本中の若者が日本はダメだというトレンドに流されはじめている。
今こそ政治がしっかりして、この国に生まれ育った事、この国に学んだ事を誇りに思えるそんな国家にしていかなくてはならない。
安倍内閣の最重要課題は「教育再生」。この機会を逃しては日本の教育再生はできない。
「子供達の将来のかかったこの一戦、次世代自民党 青年局の底力を発揮しよう」と全国の局長に檄文を送った。
東京選挙区の二人の支援の合間を縫って、北は岩手から南は香川まで同志の応援に廻った。最後まで緊張感を持って戦った自民党の底力を信じたい。
hagiuda1 at 11:50|Permalink│
2007年07月21日
■備えよ、常に
台風4号の襲来、続く新潟中越沖地震と自然の猛威の中でなすすべのない一週間だった。被災によって尊い命を落とされた方々のご冥福を祈ると共に、避難所生活の続く皆様にお見舞い申し上げる。
選挙日程も全て変更。週末の祭礼、盆踊りも中止で、幸か不幸かポッカリと時間が空いた。屋内で行われた武道大会には普段より時間を取って観戦する事ができた。本部席に座る私に小学生達が遠まきに覗き込む。「はぎうだこういちだ」。大抵こういう時は呼び捨てにされる。私もすかさず胴着にある名前を呼んではっぱをかける。そうなると武道をやっている子供は礼儀正しく挨拶をする。「人を指さすな!」「大会顧問には“さん”と言え」等と大げさに注意をすると困った顔をするが、握手をし「がんばれよ!」と送り出すと喜んで元気に戻っていく。サッカーではかみ合わない一瞬だ。礼節や規範は決して大声や強制で教えるものではないが、せっかく武道に接している子供だけでも身につけてほしい。
教育再生会議では土曜授業の復活や道徳教育の充実等様々な方向を議論しているが、私は体育の授業に武道の導入を強く主張している。本格的ではなくても良いのでさわりだけでも体験するだけで違うと思う。特に一人っ子の多い現代ではとっくみ合いの兄弟げんかも体験しないまま身体だけが大人になる。テレビゲームを通じて養われる戦闘意識は想像以上に強暴だ。痛みを知る事も大切だろう。
安倍総理は長崎での街頭演説を2分で切り上げ官邸に戻り、ただちに柏崎へ飛んだ。
原発を抱える自治体という事もあり被害状況の把握と安心へのメッセージを発信する為の迅速な対応を評価したい。残念なのは選挙用のパフォーマンスとそしる野党の対応と、総理が帰京後放射能漏れを発表する東電の体制だ。経産省が夜中に社長を呼び出すのも当然だろう。私も他人事ではなく、科学専任部会長として核関連の安全保障法案を今国会へ上程した担当者だ。
自然も科学も人類の力では太刀打ちできない事も多い。原発職員は「施設は地震では火災は起きない」と耐震性を常に強調するが、あらゆる事故を想定した体制整備とセーフティネットが政治の役割だ。「こんな事まで法文に書かなくても・・・」党内で良く発せられるフレーズだが、やっぱり「こんな事」まで考えておくのが私達の仕事だと思う。
翌日、八王子市の救援物資と給水車を派遣してもらった。組立てトイレを備蓄したのも、私が市議会の時代で他市に先駆けてだった。「防災倉庫のカギはどことどこにあるのか?」「水路の門を開けるのは誰の判断か」。市議会での細かい議論に役人も首をかしげる事が多くあったのを思い出す。「雨天の場合、防災訓練は中止」という連絡に「雨天こそやろう」と檄をとばした事もあった。すべては阪神淡路大震災直後に神戸へ飛んで支援活動をした経験が活かされていると思う。素朴な疑問はそのままにせず、確認する政治姿勢を貫いていきたい。
選挙日程も全て変更。週末の祭礼、盆踊りも中止で、幸か不幸かポッカリと時間が空いた。屋内で行われた武道大会には普段より時間を取って観戦する事ができた。本部席に座る私に小学生達が遠まきに覗き込む。「はぎうだこういちだ」。大抵こういう時は呼び捨てにされる。私もすかさず胴着にある名前を呼んではっぱをかける。そうなると武道をやっている子供は礼儀正しく挨拶をする。「人を指さすな!」「大会顧問には“さん”と言え」等と大げさに注意をすると困った顔をするが、握手をし「がんばれよ!」と送り出すと喜んで元気に戻っていく。サッカーではかみ合わない一瞬だ。礼節や規範は決して大声や強制で教えるものではないが、せっかく武道に接している子供だけでも身につけてほしい。
教育再生会議では土曜授業の復活や道徳教育の充実等様々な方向を議論しているが、私は体育の授業に武道の導入を強く主張している。本格的ではなくても良いのでさわりだけでも体験するだけで違うと思う。特に一人っ子の多い現代ではとっくみ合いの兄弟げんかも体験しないまま身体だけが大人になる。テレビゲームを通じて養われる戦闘意識は想像以上に強暴だ。痛みを知る事も大切だろう。
安倍総理は長崎での街頭演説を2分で切り上げ官邸に戻り、ただちに柏崎へ飛んだ。
原発を抱える自治体という事もあり被害状況の把握と安心へのメッセージを発信する為の迅速な対応を評価したい。残念なのは選挙用のパフォーマンスとそしる野党の対応と、総理が帰京後放射能漏れを発表する東電の体制だ。経産省が夜中に社長を呼び出すのも当然だろう。私も他人事ではなく、科学専任部会長として核関連の安全保障法案を今国会へ上程した担当者だ。
自然も科学も人類の力では太刀打ちできない事も多い。原発職員は「施設は地震では火災は起きない」と耐震性を常に強調するが、あらゆる事故を想定した体制整備とセーフティネットが政治の役割だ。「こんな事まで法文に書かなくても・・・」党内で良く発せられるフレーズだが、やっぱり「こんな事」まで考えておくのが私達の仕事だと思う。
翌日、八王子市の救援物資と給水車を派遣してもらった。組立てトイレを備蓄したのも、私が市議会の時代で他市に先駆けてだった。「防災倉庫のカギはどことどこにあるのか?」「水路の門を開けるのは誰の判断か」。市議会での細かい議論に役人も首をかしげる事が多くあったのを思い出す。「雨天の場合、防災訓練は中止」という連絡に「雨天こそやろう」と檄をとばした事もあった。すべては阪神淡路大震災直後に神戸へ飛んで支援活動をした経験が活かされていると思う。素朴な疑問はそのままにせず、確認する政治姿勢を貫いていきたい。
hagiuda1 at 10:59|Permalink│
2007年07月13日
■守りから攻めへ
学校から帰ると母のミシンの音に安堵を覚えた。決して豊かでない我家は、母がネクタイを縫う仕事で生計を助けた。大友さん(業者)から届く巾広の生地に、芯と呼ばれる棒状の生地をはさみ裏地と共に両側を縫い込んでいくのが仕事だった。親戚の家で見る足踏みミシンとは異なり、針も糸も何本もあり電気で猛スピードで縫い上げる工業用ミシンが、何か誇らしくも感じた。雨で外に遊びに出れぬ時などは、失敗品が出るのを傍らで待って糸をはさみで解ぐすのが私と妹達の仕事であり、楽しみでもあった。箱に詰められた色とりどりの中から、子供ながらにお気に入りを見つけ鏡の前で首に巻いてみた。そんな環境で育った事もあってか、ネクタイへの思い入れと愛着が深いのかもしれない。
母の一周忌となった参議院の公示日、ネクタイをしめて街頭に立った。
時はまさにクールビズ。発案者の小池大臣からは「おっ!抵抗勢力」とひやかされる。
5月最終の党役員連絡会で中川幹事長から「来週からはノーネクタイがはじまります」と発言があった。私は恐る恐る手を上げ「クールビズは軽装の奨励であって、ノーネクタイはひとつのスタイルです。上着を取ったり半袖を着たり、涼しい素材のものを選んだりという事であって必ずしもノーネクタイではないはず。ネクタイの中にも締めずにマグネットでとめる新製品もあります。クールビズ・イコール・ノーネクタイという概念を固定するような発言は・・・」。幹事長は笑いながら「訂正します。ノーネクタイを含めたクールビズがはじまります」と発言した。「秋になったら夏の分も余計買いましょう」と付け加えてくれた。
全盛期から衰えたとは言え、今でも私の地元八王子市の織ネクタイは全国シェア4割を誇る地場産業である。店頭に並ぶ頃にはそれぞれブランドタグがつくので西陣のようなアピールはないが、ヨーロッパのデザイナー物の国内生産もほとんどは市内製だし、又近年ではマルベリーシティというオリジナルも人気が出てきた。
講演や選挙応援に来ていただいた先輩方には記念品としてお渡し、評判も上々だ。台湾では総統以下、皆さんに愛用いただいている。
派閥の総会では桃や干柿、りんご等各地の名産が、地元の先生方の配慮で差入れされる。役員会での発言を知ってか森先生はじめ幹部の先輩から「萩生田君、配らんから知られんのだよ」とからかわれた。さすがに皆さんにネクタイを配れるほどの財力はない。苦肉の策として秋に党本部で展示即売会を企画した。地元の組合だけでなく、ネクタイ工業団体とも連携して行いたい。
守りから攻めへ。八王子の街づくりも攻めに転ずる大切な時。おわびで始まった参議院選だが、選挙戦を通じ自民党の実績も良さもアピールして底力を発揮したい。
母の一周忌となった参議院の公示日、ネクタイをしめて街頭に立った。
時はまさにクールビズ。発案者の小池大臣からは「おっ!抵抗勢力」とひやかされる。
5月最終の党役員連絡会で中川幹事長から「来週からはノーネクタイがはじまります」と発言があった。私は恐る恐る手を上げ「クールビズは軽装の奨励であって、ノーネクタイはひとつのスタイルです。上着を取ったり半袖を着たり、涼しい素材のものを選んだりという事であって必ずしもノーネクタイではないはず。ネクタイの中にも締めずにマグネットでとめる新製品もあります。クールビズ・イコール・ノーネクタイという概念を固定するような発言は・・・」。幹事長は笑いながら「訂正します。ノーネクタイを含めたクールビズがはじまります」と発言した。「秋になったら夏の分も余計買いましょう」と付け加えてくれた。
全盛期から衰えたとは言え、今でも私の地元八王子市の織ネクタイは全国シェア4割を誇る地場産業である。店頭に並ぶ頃にはそれぞれブランドタグがつくので西陣のようなアピールはないが、ヨーロッパのデザイナー物の国内生産もほとんどは市内製だし、又近年ではマルベリーシティというオリジナルも人気が出てきた。
講演や選挙応援に来ていただいた先輩方には記念品としてお渡し、評判も上々だ。台湾では総統以下、皆さんに愛用いただいている。
派閥の総会では桃や干柿、りんご等各地の名産が、地元の先生方の配慮で差入れされる。役員会での発言を知ってか森先生はじめ幹部の先輩から「萩生田君、配らんから知られんのだよ」とからかわれた。さすがに皆さんにネクタイを配れるほどの財力はない。苦肉の策として秋に党本部で展示即売会を企画した。地元の組合だけでなく、ネクタイ工業団体とも連携して行いたい。
守りから攻めへ。八王子の街づくりも攻めに転ずる大切な時。おわびで始まった参議院選だが、選挙戦を通じ自民党の実績も良さもアピールして底力を発揮したい。
hagiuda1 at 22:34|Permalink│
2007年07月07日
■第166国会閉会 いざ参議院選へ
1月25日に開会した第166通常国会は12日間の延長の末、予算・閣法・条約125件中、117件が成立をして162日間の会期を閉じた。成立率94%。教育再生三法や憲法改正手続法、公務員制度改革法や日本年金機構法といったニュースでも取り上げられた重要法案のみならず、今は都に数台しかないドクターカーを全国へ配備するドクターカー法や公営住宅等の住み替えが可能になる住宅セーフティネット法等、議員立法の提出に向け自らも法案づくりに携わったものや、文部科学専任部会長として核融合機構の設立や原子力研究開発機構法等、国会上程前の責任者として党政審、総務への提案説明や質疑応答も経験し充実した国会だったと思う。
強行採決のシーンが繰り返し放映されるが、そこに至るまで一体何日、何十時間審議をしていたのかのプロセスは全く報道されない。国会議員が怒号の中、マイクを取り合うシーンは実に美しくないが、充分な審議時間を確保する事なく審議を打ち切って採決に踏み切ったのではなく、各委員会とも野党の要求に丁寧に答え続け我慢に我慢を重ねた結果であり、162日のうちどれだけ野党がサボタージュをしていたかも国民には知ってほしい。放送法の改正は継続審議となったがマスコミによっていくらでも世論を作り出せてしまう今の放送のあり方に改めて危惧を感じずにはいられない。あるある大辞典の番組捏造を議論したのもこの国会中だった。
若さや経験不足を心配された安倍総理だったが行政の長として着実に実績を積み上げ、美しい国創りに向けての礎は築いていると思う。とりわけ教育は成果が出るには少々時間がかかるかもしれないが、だからこそ今まで誰も手をつけずにここまで来てしまったのだと思う。その危機感を党内で共有してきた総理の想いは私の想いでもある。是非歴史の評価に委ねたい。
次は党総裁として臨む参議院選挙だ。こちらは一ヵ月後には成果を出さなくてはならない。地元を守ると共に青年局長として同志の応援にも走る。
強行採決のシーンが繰り返し放映されるが、そこに至るまで一体何日、何十時間審議をしていたのかのプロセスは全く報道されない。国会議員が怒号の中、マイクを取り合うシーンは実に美しくないが、充分な審議時間を確保する事なく審議を打ち切って採決に踏み切ったのではなく、各委員会とも野党の要求に丁寧に答え続け我慢に我慢を重ねた結果であり、162日のうちどれだけ野党がサボタージュをしていたかも国民には知ってほしい。放送法の改正は継続審議となったがマスコミによっていくらでも世論を作り出せてしまう今の放送のあり方に改めて危惧を感じずにはいられない。あるある大辞典の番組捏造を議論したのもこの国会中だった。
若さや経験不足を心配された安倍総理だったが行政の長として着実に実績を積み上げ、美しい国創りに向けての礎は築いていると思う。とりわけ教育は成果が出るには少々時間がかかるかもしれないが、だからこそ今まで誰も手をつけずにここまで来てしまったのだと思う。その危機感を党内で共有してきた総理の想いは私の想いでもある。是非歴史の評価に委ねたい。
次は党総裁として臨む参議院選挙だ。こちらは一ヵ月後には成果を出さなくてはならない。地元を守ると共に青年局長として同志の応援にも走る。
hagiuda1 at 01:24|Permalink│