2008年03月

2008年03月29日

■春休み

大リーグ 春休みに入ったせいか、国会には個人の国会見学の方が目につく。東京見物の一環で立ち寄るのだろうが、米国テロ以来、議員の紹介がないと中に入れないルールとなっており、門の外で写真を撮る方々もいて申し訳なく感じる。せめて学校の休みの期間くらいは何らかの身分証明でもう少し安易に見学できる仕組が作れないか相談してみたい。

 昼食時の食堂では親子で食事をする若い議員さんも多く、精一杯の家族サービスでがんばっている本人とは対照に、小さな子供達には決して楽しい場所ではないだろう。私も子供が小さかった市議会議員の時代は、年末年始をはさむ冬休みは無理でも春休みだけは家族で一泊旅行に出かけたのを懐かしく思い出す。母が亡くなる直前に熱海へ行ったのを最後に、家族での旅行もすっかりなくなってしまった。

 もっとも子供達も成長しそれぞれの予定があり、親と出かけるなど望まない事もあるが、そんな中、我家のデカイ中2の息子が永田町へ来た。森会長より大リーグの開幕戦に「息子は春休みでもどこも行けないんだろう」とチケットをいただいた。会長が始球式を行うとの事だったので私は「随行で仕事」と自分なりに納得し、二人で出かける事となった。ホットドックをほうばる背広と丸刈りの二人組は昼間の国会親子とはまた異なった違和感を発していたかもしれないが、男同士でつかの間の春休みを体験した。

 ちなみに国会の裏庭で亀岡先生(作新で江川とバッテリー)を相手に練習を積んだ森会長はまずまずの出来で、「レッドソックスのユニホームを着ればよかったのに」という私に「俺に着れるのがなかったんだ」と文句を言っていた。

総務委員会質問 さて、総務委員会では平成20年度NHK予算の質疑に昨年に続いて立ち、夜には全国放映がなされ各地からメールやFAXをいただいた。20年ぶりに民間から登用された福地会長はアサヒビールの出身で、厳しい経営感覚を持ってNHK改革に挑んでいる。既に11の役員室を廃止し、理事を大部屋に集めて風通しを良くした。古森経営委員長と共に戦後の日本再建を担ってきた企業経営感覚を大いに取り入れ、新生NHKに向かってがんばっていただきたいと申し上げた。

 質疑の内容はデジタル放送とCATVの果たす役割、共聴アンテナの後処理支援、デジタルアーカイブによる番組の2次利用のあり方、国際放送におけるNHKの役割と東京オリンピック支援について質した。

 特に強調した点は、NHKの契約者の受信料によって作られた番組は国民共有の映像文化・映像財産であって、NHKだけのものではない。アーカイブで2次利用する場合、民放とイコールフィッティングを考えなくてはならないものと、長編ドキュメンタリーやネイチャー番組のようにNHKにしか作れないものとはカテゴリーを分けるべきで何でも有料にすればいいというものではない。特に報道番組や災害記録等は将来国の公文書館等に管理を移管しても良いのではないかと提案した。

 お時間が許せば20分程度なのでインターネットでご覧いただければ幸いです。

衆議院TV→ビデオライブラリー→3/24→総務委員会→萩生田光一


hagiuda1 at 00:38|Permalink

2008年03月22日

■チベット暴動でオリンピック不安

 戦後、初めて日銀総裁が空席の事態を迎えた。与野党対決の構図の中だが「最後は民主党も国益を優先してくれるだろう」という官邸の思惑は見事に崩れた。マスコミは政府、野党それぞれに批判を繰り返しているがやむを得ない。政治は結果ということを考えれば、野党のメチャクチャな対応以前に政府の責任は否めない。当面は白川代行のもと運営がなされるが、国際社会での市場の信用力や円高、ドル安を背景にした株価等政争の影響は計り知れない。いよいよ租税特措法の期限切れの月末を控え、最後の知恵を出さなくてはならない。本会議も開かれない参院の存在そのものも考えなくては、日本の民主主義はあぶない。

 あぶないと言えばチベットでの暴動で、全く事実関係がわからない。オイスカという環境NGOでお付き合いのあるペマ・ギャルポ氏が安倍前総理のもとへ陳情に見え、私も同席をした。(記事)ペマ氏はダライ・ラマ14世とも気脈を通じ、チベットの民主化運動が原因で今では帰国もできない状況にある。中国政府の死者10人も信憑性に欠け、被害の拡大は否めない。当初は武器使用を否定していたが発砲による負傷者も確認された。何よりも世界のマスコミを排除し、情報統制することが胡散臭さに輪をかける。北京オリンピックを控え鎮静化を急ぎたい中国政府の思惑は理解できるが、平和の祭典の舞台としてふさわしいか否か、世界の目が注がれていることを思わなくてはならない。

オリンピック招致議連 さて、その北京オリンピックの17日間、どういうロビー活動を進めるかを含め東京オリンピック招致の為の関係者が一同に会して会議を開いた。都連の招致議連事務局長として私のミッションとなり体協の森会長、スポーツ議連の麻生会長、JOCの竹田会長、招致委員会の河野会長、都、都議会、文科、外務、国交も入れた初めての充実した会となった
オリンピック招致議連2 議連は超党派へ格上げをすることとし、森、麻生両氏が主要なポストを務めることを決めた。北京期間中もジャパンブースを市内に設けシティセールスを省庁横断的に取り組み、都が主体的に対応することを決めた。
 6月以降、5都市に選ばれれば、国際シティセールスが認められる。もちろんIOCの規定の範囲内だが、他都市に遅れを取らないよう東京のアピールをしていく。


hagiuda1 at 10:08|Permalink

2008年03月15日

■新装開店?

 青少年の有害情報を防止する議員立法を巡り、部会ごとに様々な議論が行われている。インターネット社会は真にボーダレスで、情報が飛び交い大人と子供の世界の区別は無い。近年、出会い系サイトを通じて子供達が性犯罪に巻き込まれたり、クスリや自殺等悪影響は枚挙に暇が無い。せめて未成年が使うインターネットと大人の社会をフィルタリング等で分離しようというのが青少年サイドの問題意識であり、今の世の中を考えれば私も共感する。他方、表現の自由といった憲法上の問題や、せっかく我国において成長の途にあるコンテンツ産業にブレーキがかかってはならないというのが、総務や経産サイドの主張だ。「ならばどちらの主張も大切にしながら制度を作れないものか」が、我々内閣部会の考えなのだが、事はそう単純でなさそうだ。

 あまりにも猛スピードで発展してきたネット社会では社会一般に分離されたカテゴリー以上に様々なカテゴリーが生まれ、どこまでが子供も可で、どこからが大人の世界かの区別が非常に難しい。サイト分類の業者も少数しか存在せず、日々人海戦術で有害情報を見つけてはリストに挙げる作業を続けている。結果として同一サイト内に一つでも有害と認定されれば全てのメニューにアクセス不可となり、不都合も生じている。これをどう制度設計するかが今後の課題となる。

 党内閣部会長代理であり、院では総務委員会、青少年特委の理事である私はあらゆる角度からこの問題に当然かかわらなくてはならなくなってしまった。いずれにせよ子供たちに悪影響を与える環境の排除だけは急がなくてはと、検討が始まった。

 さて、私のホームページを更新した。思えばインターネットという言葉が新鮮だった平成7年当時からホームページを立ち上げしばらくは先駆けだったが、その後選挙が続き手を抜いて、最近では週に一度のコラムでいっぱいいっぱい。仲間からも「古いサインが飾ってある田舎のラーメン屋みたいだ」と冷やかされてきた。昨年から八王子市へキャンパスを開いたデジタルハリウッド大学の経営陣と話をしていた時「ホームページなんとかしましょうよ」と提案があり、応援を頂いた。天下のデジハリ監修なので色々とツールがあるが、今週は取りあえず引越しだけした。少しずつ充実させ皆さんに活動を伝えたい。


hagiuda1 at 09:59|Permalink

2008年03月07日

■参院開店休業?

 先週末、衆議院では平成20年度予算を可決し、参議院へ送付した。当日の財務金融委員会等ではいつものプラカードと委員外発言の部外者が押しかけ、物理的抵抗で審議の邪魔をしたが、規定通り採決をした。さすがにマスコミも強行採決と呼んだのはわずかに1社のみで、国民生活に重要な予算が年度をまたぐ事のないよう決断した与党の判断に、今回ばかりは理解を示した。しかし残念な事に今週の参院はとうとう開店休業状態が続き、ただの一度も委員会すら開かれぬ始末。理由は「与党による横暴な予算案の衆議院通過への抗議」だそうだ。しかし共産党はきちんと出席して反対の討論も行った。真の野党としての対応に与党席から拍手が沸き起こる変な光景だったが、議員である以上気に入らないから出てこないではすまないと思う。ましてや参院では民主が第一党であり、主導権は握れるはず。大きな焦点となっているガソリン税の暫定税率を維持する歳入関連法案などに対案をぶつけ、国民に政権担当能力をアピールする良い機会と思うし、一般財源化に向けての呼び水を八王子発で我方から行ったのだから議論をすればいいのにと・・・まあ私が心配する事ではないが・・・。

 いずれにせよ19日に期限の迫った日銀総裁人事にも影響は大で、万一空席という事態となれば国際社会でもマーケットの信用は地に落ちる事となるだろう。ちなみに今日の役員連絡会で話題となったが、年内の参院予算を日割りすると一週間で8億円無駄にした計算もできるとか。来週は是非働いて欲しい。

 さて、党三支連青年部の総会があり、第19代部長に地元の伊藤祥広市議が選ばれた。黒須市長が第5代、私が第14代で、八王子からは3人目となる。当時よりは若い議員が増えているのに内向きな活動をする人が多く、中々積極的な活動をする若手議員がいない事を残念に思う。同世代の他市の議員と政策の交換をしたり視察に出かけたりと、ムダな事は一つとしてなかったと自身の時代を振り返って思う。ただ、部長となると西は桧原村から東は狛江まで、各地に赴き地元を留守にする事もあるだろう。又、都連でも重要な役割を担い会議の数も数段増える事となるだろうが、伊藤新部長には八王子の代表として三多摩の代表として、大いにがんばって欲しい。都市市長会の会長に就任した黒須市長、党三多摩議員連盟の副会長の塚本市議、議長会や一部事務組合等、全ての八王子代表がそれぞれの立場でがんばることが、街の信用力となり八王子の復活につながると思う。私も皆さんに負けずがんばろう。


hagiuda1 at 22:54|Permalink

2008年03月01日

■小泉元総理来たる!

代議士 8回目を数える東京ルネッサンス21(会長 川名法人・幹事長 安藤謙治)の時局セミナーが成功裡に終了した。
 今回の講師は何と小泉純一郎元総理。総理退任後選挙以外で封印してきた政治家の会合への出席を私のところで再始動していただく事となり、マスコミも全社が押し寄せ大騒ぎとなった。

 小泉元総理は平成15年、平成17年の選挙初日に八王子へ訪れた縁や、構造改革特区の第一号に「不登校児の小中一貫校」を黒須市長が提案し成功した事、高尾山がミシュランの観光三ツ星を得た事等、自身との係りを披露すると共に、「大学が22、ものづくりの中小企業の集積、そして熊も猪も出る。こんな面白い所ないですよ」と、八王子の可能性が無限である事をアピールしてくれた。

 当日は今までにない大勢の皆様にご来場いただき、小泉元総理もカメラが入っていることを承知で道路特定財源に触れ「一般財源化でもいいのではないか?」「そろそろ野党も修正案を出して、与党も譲るべきは譲って、新しい案を出してもいいんではないか」「党内にも色々な意見はあるが、福田総理が言えば収まる」と発言し、その日の夜のニュースから繰り返し放映された。もちろん前後の話から総合すればそんな単純な話をしたのではないが、編集の手にかかればこういう報道になる事はやむを得ない。元総理も承知の上でのメッセージと受け止める。公務員制度改革を含め小泉・安倍改革路線に比べれば改革が後退をしたと印象を与える事のないように我々若手こそ開かれた議論を心がけたい。

総理 さて、「小泉さん来たる」は永田町では当日までほとんど知られずに準備をしたので、週明けからは先輩や仲間から冷やかされた。唯一の約束が外へは言わない事だったので、それを守っただけだが・・・。
 小泉元総理は素晴らしいリーダーだが若手の面倒を見るタイプではない。ニューヨークの国連に同行した時もヤンキーズスタジアムに連れて行ってもらえなかったし、滋賀の参院選応援に行った帰りも腹ペコだったが、「総理と一緒なので新幹線で弁当が出るだろう。いや、東京に着いて食事をしようという事になるだろうから食べずに待とう」という私達を横目に「ご苦労さ〜ん」と突然品川で降りて秘書官とラーメン屋に寄った。

 森総理や安倍総理ではあり得ないが小泉総理ならある話だ。そんな小泉元総理に私ごときが講師をお願いしても門前払いになるだろうと思い、森先生に相談した。森会長のお骨折りで「例外」という事で快諾をいただいた。ただし他の人には積極的に話さないという事が3人の申し合わせになった。「では名前を出さないで案内を出しましょうか?シルエットだけ入れて」という私の幼稚な提案に、「ダメだ。小泉純一郎が講師だといわなきゃ、君の宣伝にならんだろう」と森会長。「地元の人にはいいけど、マスコミや同僚には言うなよ」と小泉総理。「じゃあ、年内はオフにして年明けから地元で宣伝でいいじゃないか」と森会長がまとめて、めでたく準備に入った。週末、事務所のスタッフにも事情を良く説明し「とにかく年内は我慢して、年末にいっせいに案内を送るので注意を払うように」と指示をした。

 ところが週明けになるとマスコミ各社が次々に事務所を訪ねて来て、「先生のところへ小泉さんが来るって本当ですか?」「小泉総理が八王子へ行くという話しがあるのですが・・・」。記者さんもニュースソースは中々言わない。事務所のスタッフにも「誰かに言ったか?たった何日かでマスコミに知られてしまうんでは、僕の信用にかかわる」と檄を飛ばしたが、皆も慎重だ。「印刷屋のN君かもしれない」と犯人探し。結論は誰もしゃべっていないとの事。旧知の記者が同様の質問をしてきたので、「それ誰が言ってんだ?この事で来なくなったらあんたらのせいだぞ」と迫ると、「森先生が言ってました」と白状し大笑い。森流の援護射撃で宣伝してくれていたようだが文句は言えない。

花束贈呈翌週から永田町では話題沸騰で、同僚からも当然羨望を受ける。心配してくれた中川(秀)先生は同期の集まりで、「萩生田君が、オーナーが絶対に出さないと言っていたビンテージワインの栓を抜いてくれた。後は皆でいただくしかないだろう。萩生田君に感謝しろ」と笑いながら助け舟を出してくれた。

 いずれにせよ多くの先輩方に支えていただき育てていただいている事に感謝をし、党にあっても国家にあっても役に立てる政治家になれるよう努力を誓う。

 あまり新聞では触れられなかったが当日、小泉元総理がわざわざ事前に用意してくれて、参加者全員に配ったペーパーがある。ここに秘めたる小泉政治の信念が伝わる一文を紹介しておきます。
資料

hagiuda1 at 08:10|Permalink