2009年02月06日

■絵日記

 「1970年 大阪万博の軌跡2009in東京」という特設展が国立科学博物館で開催され視察に行った。日本万博機構が全国展示をしている一環として40年目にあたる今年、東京での開催となった。

 当時、私は小学校1年生だったと記憶するが、夏休みの宿題の絵日記を友人宅で描く事になり5人で集まったが、4人が万博へ家族で行き、それぞれパビリオンの絵を描き始めたのにショックを受けたのを鮮明に覚えている。

 我家は万博はテレビで観るものだと思っていたし、大阪ははるかに遠い場所で行けるとも思っておらず、家族で行った千葉の海とくわがた採りを描いたが、なぜか「光ちゃんも描けよ」と友人に勧められ、行ってもいない「ソ連館」の絵ハガキの写真を見ながら描いたものを一枚提出した。その後、しばらく教室に貼り出されたエキスポコーナーの絵を見て、うしろめたさを感じ続けた苦い思い出がある。後にわかった事だが行った皆さんも3〜5時間待ちで、1つのパビリオンしか観れずに帰ってきたそうだ。観てないアメリカ館の「月の石」の絵を描いた友人もいた。

 40年目の万博は実に新鮮に思え、その時代の未来科学は携帯電話にしても電気自動車にしても現実のものとなっている事に日本の底力を感じる。当時の事務局長が鈴木俊一元都知事で、その後の東京の街づくりに様々な場面でそのDNAが活かされている事も確信した。

IMG_6911 さて、例年通り節分では北島三郎さんとの高尾山を皮切りに、夕方の八幡八雲神社まで6ヶ所を駆け廻った。西寺方の宝生寺では格闘技の小川選手と北京オリンピックの柔道金メダリストとなった石井慧選手がそろい大にぎわい。二人とも子供達と写真を撮ったり握手に応じたりの大サービスで、いつまでも列がとぎれなかった。ウィークデーの昼間、中々子供達の姿を目にする事はできないが、伝統行事を知っていただく上でも幼児や小学校低学年等、近所の豆まきに課外授業として参加してはどうだろうか?思い出と絵日記のレパートリーも増えるはずだ。


hagiuda1 at 20:21│